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tma1のブログ

東條英機と天皇の時代(上)

上巻を読了しました。結局、開戦決定直後の号泣はこの本からは分からず・・・いや一応、9月6日の御前会議の決定をご破算にしても・・・という天皇の意向に沿うような和平への進展は得られず、また遂に日本全土を巻き込む日米開戦の責任を自分が担うことへの重圧と恐怖・・・のようなことが筆者の視点から書かれていましたが、東條英機本人はどういう心境だったのか・・・手記からの引用などの証拠や証言に類する形あるものに依拠した書き方であれば納得しましたがそうではなく、筆者が東條英機の心境を斟酌するような形で書かれていたため、本当はどうだったのか別の文献に当たらざるを得なくなりました。


それにしても・・・日米開戦の責任を負った形で東京裁判で裁かれ、惨めな敗戦に追いやった責任を糾弾される形で日本人に疎まれた東條英機ですが・・・経過を見れば、彼はそれなりに開戦回避の努力をしたわけで。にも関わらずそうなってしまったのは、まず好戦的な統帥部があって、さらに開戦を望む日本人が軍人だけでなく民間にも相当存在していたし、和平に必要な中国や仏印からの撤退を決定した場合、部下を抑えられないかもしれないという陸海軍首脳のせいなので決して全てが当時の東條英機内閣の責任ではないということですね。


民間人は政府や軍部、さらにその意向を汲み取る形で新聞などのメディアが煽ったから好戦的だったので基本的に民間人には罪がない・・・という免罪符的な事情の存在は実は誤解や戦後変節した卑劣な人々の言い訳の可能性が高いようで。


下巻も読み始めていますが、マスメディアが軍部におもねるようになったのは開戦後、東條英機が挙国一致体制を固めるという建前のもと自分の身の回りにイエスマンばかり揃えて議会から非主戦派を締め出す目的で大政翼賛会の推薦候補に金をばらまく一方で憲兵特高警察を使って厭戦的な言動を取り締まったり、また在郷軍人会などがマスメデイアを脅したりするようになってからであって、日米開戦やその後の日本軍が勝ち続けている間は大多数の国民が大歓迎していたわけですから。


戦犯、特に戦争を企図し主導した平和に対する罪なる戦勝国からの断罪による戦犯の中には立場上やむを得ない事情で開戦に至る流れを阻止できなかっただけの、特に日本人の側から見て有罪であると言い切るのはどうかという人も含まれていますので。


ふむ。やはり、この本を読む前と後とでは自分の考え方が少し変わってきていることに気が付きます。