Blog:Neutron Star

tma1のブログ 「試行錯誤」・・・私の好きな言葉です

「日露戦争(一)」児島襄

明治35年八甲田山遭難事件、随分詳しく取り上げられてました。これは、広瀬武夫(後の日露戦争の軍神第一号)が丁度同じ頃にシベリアで行った馬橇の単独行とその周到な防寒対策に偶然ながら綺麗に繋がっていくのが面白く感じられたし、八甲田山の遭難の顛末と責任の所在、関係者の処分あるいは結末にもやはり旧日本陸軍「印」とでも言いたくなるような特徴が見られて興味深いです。


遭難した第五連隊とほぼ無事故で生還した第三十一連隊、ルートの違いによる環境の大きな違いというのが最も大きな差ではありますが、いくつかの、些細であるけれど日本兵が好む、豪胆な見かけを装うという幼稚な見栄に潜む「無謀」が犠牲を大きくしたことは確かでしょう。


まず民間人の忠告になど聞く耳を持たず、軍属と言えども技術系の理性的な意見よりも命令系統上上位の人間の敢闘精神の発露としての無謀を尊ぶ不条理な思考。


そして、連隊長が失敗を自決で贖おうとする傾向。連隊長という地位の人間が何かといえば自決したりさせられたり、それは天皇が直接任命する最下級の軍人だからでしょうか?


ノモンハン事件でも連隊長と連隊旗というのは特別な宿命を負わされているように感じられました。