Blog:Neutron Star

tma1のブログ 「試行錯誤」・・・私の好きな言葉です

吉村昭「羆嵐」他


知床五湖遊歩道で行方不明者が出てそこでは最近ヒグマの目撃が相次いでいたというの聞いて昔TVオンエアで見た「羆嵐」という映画を思い出しました。真田弘之なんかが出ていたと思いますが、ヒグマはいかにも作り物っぽいものの銜えられて連れ去られる女性の青ざめたメイクが印象に残ってしまって・・・。当時は実話とは知らなかったような気もしますが「羆嵐」という題名だけは覚えていました。


最近になって下のサイトなどを知り
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/8151/rokusentaku.html


実話を元にしていたことに気が付いて改めて戦慄というやつを感じました。吉村昭羆嵐」は小説であるせいか名称や詳細が上のサイトと違っていて「あれ?」という感じでしたが、続いて戸川幸夫「羆風」、木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」を読んでみて、それぞれの特徴が分かってきました。


木村盛武氏のノンフィクションがソースに一番近いと考えていいんでしょう。上のサイトはそれに忠実なようです。事件の詳細については上記サイトを参考にしてもらうこととして

吉村昭羆嵐

吉村昭羆嵐」はドキュメンタリー・タッチのフィクションで人が見聞きしていない状況については描かれないかあっさりとしていて、もっともショッキングな被害者の生きながら食われる襲撃の様子はリアルタイムには描かれず検視の医師などの簡単な記述のみにとどまりますが、追跡者であるはずの数人から数百人の男達の恐怖や無力感はよく伝わってきます。


吉村昭の「羆嵐」は、描いたもの描かなかったものがハッキリしていて私が強く感じたのは上記のことと・・・無知というのはたとえやむを得ないこととはいえ許されないもの、知るものからは蔑視されてしまうことなのだということ・・・これは被害の実態とかヒグマと生身で相対したときの脅威、たとえその姿を間近に見なくても匂いや気配、残留物で動物としての人間の本能が察知する身の危険のことですが、それを知るだけで体の底から変わってしまうような「知」の無知というのがあるのだということのように感じました。


身近で言うなら事故や災害の当事者とそれ以外の無関係な一般人との温度差というか。

戸川幸夫「羆風」

戸川幸夫「羆風」は動物文学というのがふさわしいんでしょう。ヒグマの視点も織り交ぜて書かれていて違和感がありました。戸川幸夫の動物小説というのは10代のころ触れる機会が多かったように思うんで、この違和感の大きさには意外な感じを受けました。


大自然のルール」というのが戸川幸夫「羆風」の特徴で、生死を大自然のルールが下す審判の結果とすれば、そのルールは「いるべきでない場所、いるべきでない時間にいてはならない」「自分よりも強い敵に見つかることは有罪」などなど。結果論じゃないか?と思いつつ読みましたが(^^;)要はそういうことなんでしょう。生きているということがすなわち「大自然のルール」に抵触していない結果なので、それは知識や知覚の枠を超えることがある。偶然に思えるようなことも自然の中のことなので「大自然のルール」に従ったかどうかは生と死が示してくれる・・・と感じました。


それにしてもヒグマの動機・・・襲った理由、死の直前に立ち上がった理由などについては非常に違和感を感じます。

木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」

これは上記事件を発生から50年近く経ってから調べてノンフィクションとして公表した(現在は「慟哭の谷」として出版されている)著者の、ヒグマ以外にも色々な動物についての事件、民俗、風習、言い習わしなどを集めたものでとても面白いものです。


そのうちの80ページほどだけがこの事件にさかれていますが、さすがに上の二作品のソースとしても使われる記事を書いた本人の稿だけあって短くても内容は濃くて当事者の写真などもあり(当時の写真ではないけれども)他の著作に対する判断基準になりえます。


今「慟哭の谷」として入手できるノンフィクションが「獣害史最大の惨劇 苫前羆事件」として一般向けに出版されたのが昭和39年(1964)、戸川幸夫「羆風」が昭和40年(1965)、吉村昭羆嵐」が昭和52年(1977)、そしてこの木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」が平成元年(1989)ですから木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」が事件の記述としては事実に近いのでしょう。


ところが吉村昭ほど生存者が見聞きした事実と状況証拠からの再現をきっちり分けていないので、一番陰惨な印象を受けるのが木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」だったりします。また、途中時系列ではない記述もあるので「?」という箇所もあるのですが・・・とはいえ木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」は他の稿も面白いのでオススメです。


最後に解体した熊を当事者の多くが食べたそうです。遺族や被害者で生存した人たち一部以外は・・・ということですが・・・アイヌが起源なのか人食いグマは身内が食ってやらなければ犠牲者が成仏?できないと熊撃ちの猟師が言ったとか。


このヒグマは7-8歳だったということですが、頭部は異様に大きかったそうで(誰の感想かはっきりしないのですが)、仕留められた直後の暴風雨、遺族の夢見(ちょっとゾッとします、本当にリアルタイムの記憶か後付の記憶か分かりませんが)などなにやら超自然現象っぽい感触も木村盛武「野生の事件簿 北の動物たち」は伝えています。迷信・・・が現代の日本人にも色々な形で残っていることを考えると古い事件であっても感じることの多い人は少なくないでしょう。


他参考
http://alecaoyama.hp.infoseek.co.jp/higuma.html
ウィキペディア 三毛別羆事件